【「明神池」を開いた役行者伝説】


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【「明神池」と役行者の出会い】

――不思議に満ちた「池神社」の始まり――




下北山村では、

「明神池」を信仰の場として開いたのは

役行者(634-701)だと伝えられています。

しかしそのいきさつは

様々な伝説で彩られています。

それをいくつかご紹介いたしましょう。






▼水神の怒り



天武天皇(673-686)時代の「白鳳年間」のことです。


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ある日突然「明神池」から

おどろおどろしい地鳴りのような音が聞こえてきました。


村人が何事かと思ってかけつけると、

周囲の木々がザワザワと震るえ

池の表面が波立ち荒れ狂っているではありませんか。


しかもゴウゴウという音は、

その池の中から聞こえてくるのです。


「池の水神(すいじん)様が怒ってなさる」


誰もがそう思い恐れおののきましたが、

オロオロするばかりでどうすることもできません。


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そんなとき役行者が、この村を通りかかりました。

村人に懇願された役行者は池のほとりに座り込み、

三日三晩、不眠不休で祈祷を続けました。


すると四日目の暁になってようやく

荒れ狂っていた池が静かになり、

物音ひとつしなくなったのです。


やがて東の空が茜色に染まり、

美しい朝の光が池に降り注ぎました。


役行者は村人に

水神を祀るための社(やしろ)を建てるよう命じ、

池をあとにいたしました。


池は「明神池」と名付けられました。




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(青空を映しこむ明神池)






▼瞑想の池



またこのような伝説もあります。


ヌシが住む神秘の池」として

村人に畏(おそ)れられている池がある――。


その評判を聞いた役行者

大峰山脈から下りてきてこの池のほとりに立ったとき、

幽玄な池の神気に打たれ深く感動し、

この地に神社を開いたと言われています。


このとき役行者池原から池峯に上がってきた地点、

「辻堂峠」の下のヒノキの巨木の根もとで

瞑想を行なったと言われています。(※)


※(神社は最初この峠に置かれていましたが、

敷地が手狭であったため元和7年(1621年)に、

400mほど離れた現在の場所に移されました)


役行者はここでの瞑想中にも、

素晴らしい「妙音」の祝福を受けたのでしょう。

「明神池」はかつて、

「琵琶池」とも呼ばれていました。(※)


※(「琵琶」は、別名「妙音天」とも呼ばれる

「弁才天」が奏でている楽器です)





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(晩秋の明神池)




また、別の伝説はこう語ります。

三重県の紀伊長島町にいた役行者が、

大峯山に入る途中この池に立ち寄りました。


ただならぬ神気を感じた役行者がここで祈願をし

池に卵を投げ入れると、

「白い大蛇」が水面に現れて

湖面をスーッと泳ぎ回ったということです。


これは「神の眷属(けんぞく)」である

「白龍」が現れたもので、

「水神」の正体であるとも言われています。






▼大蛇を封じ込める



「明神池」には、

「大蛇」にまつわる伝説も残されています。


役行者が大峰山脈で行をしていたとき、

「行仙の宿(ぎょうせんのしゅく)」を通って

十津川村から下北山村に抜ける「笠捨峠(かさすてとうげ)」に、

山越えをする人々に悪さをする大蛇がいると聞きました。


そこでそれを退治しようと役行者が訪れて

鉄の高下駄(たかげた)で踏みつけ

手にした錫杖(しゃくじょう)で跳ね飛ばしたところ、

尾は奈良市「猿沢池(さるさわいけ)」に、

頭は熊野市「有馬の池(ありまのいけ)(現在の山崎運動公園)に、

胴は下北山村「明神池」に落ちたと言われています。



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(「大峯南奥駈道」の「涅槃岳」を望む

遠くは「釈迦ヶ岳」)







良く似た話が三重県の御浜町にも残されています。

JR神志山(こうしやま)駅の西側には

「壺の池」という池があり、

ほとりに「池大明神」がまつられています。


地元の伝説によると、

「明神池」「池神社」の近くに住んでいた大蛇が悪いことをするので

神様が下駄で踏んだところ、

三つに千切れて尾が「壺の池」に落ち、

「大ウナギ」になったと言われています。








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(「転法輪岳」から眺めた「大峯南奥駈道」の山並み

右端の高峰が「笠捨山」)




様々な伝説がありますが、

いずれにしても「明神池」

特別な力を宿す「神秘の池」であり、

それ故役行者がここに神社を作ったということは

間違いなさそうです。


だからこそ何か不敬なことを行うと、

「ヌシ」とも呼ばれる

池の「水神」――おそらく「白龍」――が

怒り狂うということなのでしょう。


役行者が 「悪さをする大蛇」を投げ入れたというのも、

この池が「邪を封じる霊力」を持っていたからかもしれません。


その証拠とも言うべき不可思議な現象のいくつかを、

次の「明神池の七不思議」で紹介させていただきます。



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(「笠捨峠」のふもと「浦向」の集落から見上げた

「行仙岳」前山の夕暮れ)





▼こぼれ話「近代妖怪譚」


明治時代の話です。

寺垣内から十津川村葛川に向けて

「笠捨峠」を夜に越えようとした葛川郵便局の脚夫が

ホーホーと笑いながら近づいてくる若い美女に出会い、

余りの恐ろしさに火縄を振るって追い払った

という話が伝えられています。


触れると人の肉を吸い取る

「肉吸い」という妖怪だと

言われていますが・・・。

現在、「笠捨峠」の道は廃道同然になっています。